ジャッカルの日

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無い話満載のまんが怪道―『藤子不二雄物語 ハムサラダくん』

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 kindle unlimitedで『藤子不二雄物語 ハムサラダくん』を読みまんた。連載当時の単行本で未収録だった分もバッチリ掲載されている完全版。とは言え、本作に最終回らしい最終回は無いようだ。

 『ハムサラダくん』、改めて読むと本当にヘンな漫画である。ご存知の通り『まんが道』をコロコロ読者向けに翻案した作品なのだが、「藤本弘と安孫子素雄」でも「才野茂と満賀道雄」でもなく「ハムとサラダ」…。F先生が肉好きでA先生がベジタリアンという、『まんが道』では特に重要でもなかった設定をタイトルに持ってくるのを皮切りに、あすなろ編を100ページほどでさっさと終わらせてからは完全オリジナルの展開に移行、藤子不二雄物語でもなんでもなくなってしまう。『まんが道』の面白さの1つは著名漫画家、漫画作品の名前がバンバン出るところにもあったが、『ハムサラダくん』には手塚治虫とその数作品が出てくるくらい。

 原作の魅力を伝えきれてるとは言い難いし、まんがを描く楽しさよりも苦労・挫折といった負の面ばかり強調されてるし、ぶっちゃけ傑作とは思わないが、ところどころに出てくる妙に「アツい」展開が印象深いのは確かだ。例えばハムサラダの担任であり、漫画家志望を支えてくれたゴリラ先生や、2人のデビューを支えてくれた厳しくも温かい〇〇出版社(原文ママ)の編集長などは名ゼリフも多く、頼れる大人として描かれている。『まんが道』にまったく出てこないオッサンたちが、主役2人を食うほどの大活躍をしてしまうのはどうかとも思うが、コロコロ読者にも感銘を与えたことは間違いないだろう。

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いい人だが本筋とは特に関係ないゴリラ先生(※記事内の画像はすべて『藤子不二雄物語 ハムサラダくん 完全版 上・下』(吉田忠/グループ・ゼロ)より引用)

 

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名言メーカーだが本筋とは意外なほど関係ない編集長 

 

 あとは特に書くこともないので、おれが好きな『ハムサラダくん』ポイントを3つほど挙げます。

 

 

1.ハムとサラダを襲うトラブルの数々!

  自伝まんがと言えば苦労話がつきもの。『ハムサラダくん』でも藤子不二雄っぽい2人が様々なトラブルに見舞われます。「なんとなくダラダラしてたら〆切をブチ破ってしまった!」という本編『まんが道』でも有名なエピソードに加え、「ハムくんが吐血したせいで原稿が汚れた!」「ハムくんがクギで利き手を怪我して二度とまんがが描けなくなってしまいそう!」「盗むものがなかった空き巣が腹いせに原稿を破いてしまった!」「ファンの男の子がハムサラダの目の前で車に轢かれてしまった!」といった事件が次々と起こる。

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たいへんですね。

 

 

2.アクの強いライバルたち!

  『ハムサラダくん』は3部構成で、「第1部 めざせ!まんが道」「第2部 まんが道まっしぐら」に続く「第3部 まんが道どこまでも!」では、まんが家戦国時代編へと突入する。ここから本作も超人オリンピック編や暗黒武道会編のように血で血を洗うバトル展開に…は当然ならないのだが、オリジナルキャラはバンバン出てくる。

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 この地図、わざわざ作ったんでしょうか。暇なん?

 それはともかく、この戦国時代編に登場するキャラを中心に本作のオリジナルまんが家たちを紹介していくゾ!

 

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ジャンボ漫作

 本名は細井万作。体がデカいのでジャンボ漫作と呼ばれる豪放磊落な男。ハムサラダたちの先輩で、アパートの隣に引っ越してきた(トキワ荘ではない。というかこの作品にはトキワ荘自体出てこない)。美人で病弱な姉・幸香(さちか)がいたが、ハムサラダたちと遊園地で遊んだその日の夜に病死した。後に同じまんが家である春丘ゆりと結婚。モデルは石ノ森章太郎と思われる。

 

 

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ミスター竜

アメリカのまんが修業から帰ってきた新人で、本名は福富竜太郎。リーゼントとサングラスでビシっとキメた本作一の問題児。「アメリカ滞在中は遊んでばっかりでまったくまんがを描かなかった」「広いハイウェイばかりぶっとばしていた」などと言っており、具体的になにを修業していたのかよくわからない。ハムサラダに大量のアイデアノートを見せたり、「スケールの大きいまんがを描いてやる」など具体性に欠ける宣言をしたり、エターナルフラグをバシバシ立てている。ちなみに実家は大金持ちで、たぶんまんが家をやらなくても一生安泰で暮らせるタイプ。モデルは不明。いたら怒られると思う。

 

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風車かん平

常に冗談ばかり言っている大阪出身のギャグ漫画家。ミスター竜とつるんで遊び惚けているように見えるが、ハムサラダは「彼らは日々の遊びからまんがへのエネルギーを得ている」と畏怖していた。いろいろと常人には理解しがたいセンスの持ち主。赤塚不二夫がモデルと思われる。

 

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畑大輔

SFから少女漫画まで、幅広い芸風を持つ新人。自分の小便とウンコで育てた大根を土産に上京してきた。30年まえのギャグ漫画でよく見られた「田舎者だとバカにしていたら実はスゴかった!」という、田舎者をバカにしたキャラ。モデルは不明。いたら怒られると思う。

 

 

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細井みち夫

ハムサラダの下宿に押し寄せ、勝手に居候になった漫画家志望。藤子A風味のネクラな青年で、おとなしく見えてわりと図々しい。苗字がジャンボ漫作の本名と被っているが特に関係は無いし、作者も何も考えてないと思われる。

 

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ミッキー江川

ハムサラダより年下の売れっ子漫画家だが、志の低いテキトーな人物。「前回の原稿から顔をコピーして使いまわす」という新鱈墓栄メソッドでエログロ作品を粗製乱造している。モデルは不明。いたら怒られると思う。たぶん永井豪

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 3.原稿やぶられ過ぎ!

 よく原稿がビリビリに破られます。

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 たいへんですね。

 ちなみに完全版下巻に収録された巻末インタビューによると、初期の数話を除いて作者の吉田忠先生は『まんが道』を読んでいないそうです。そうじゃないかなとは思っていたけど! 本作のまんが家エピソードの多くは吉田先生の体験を基にしたものも多いそうで、要は『ハムサラダくん』は吉田先生の遺伝子がブチ込まれたまんが道キメラなのだ。イビツながらもパワフルな、忠実移植に失敗したからこその味わい。原作とは別の次元の名作である。